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審神者日和

とうらぶから刀剣鑑賞にハマった審神者ナカアキのブログ

【2016年10月22日】鶴岡市探訪(後編)【刀剣とクラゲのきらめき】

刀剣観賞レポート 旅行記

  この記事は2016年10月22日、致道博物館(山形県鶴岡市)で開催中の『SAMURAIの美 出羽庄内藩酒井家ゆかりの名品』で公開されている短刀 銘 吉光(名物 信濃藤四郎)を観賞した際のレポート(後編)です。

 

saniwanakaaki.hatenablog.jp

 

  いよいよ本日のメインイベント、展覧会場へINですよ。1階ではコラボ物販と信濃君の等身大パネル展示がございます。荘内神社のものと異なり通常立ち絵ですね。

 

  2階の展示室前で資料(100円)を購入し、いざ。

 

 

   順路に沿って観賞していくと、まず酒井家ゆかりや徳川家康公から拝領した品々が展示されていました。奥に進むにつれ刀剣や拵、一番奥に信濃藤四郎のショーケースが鎮座しています。ここからは、展示品の中でも印象深かったものについてコメントしていこうと思います。

 

 

〇槍 銘 三条吉広(号 瓶通し)

  忠次公所用の槍。室町時代の刀工、三条吉広の作あるが、詳細を検索してもなかなかヒットしない... 末古刀、室町後期~末期辺りに三条吉則という名があるので、その一門だとは思うのだけど。

  鍛肌は柾目、直刃を焼いた平三角形の刀身には、樋とその中の三鈷柄剣が彫られています。先日の青森県立郷土館でもだったのだけど、どうも剣や槍といった身幅が小さい刀身の肌がうまく観賞できてない気がします。

 

〇太刀 銘 信房作(国宝)

  天正12年(1584年)、小牧長久手の戦いにおける功績で忠次公が家康公より拝領した太刀。腰反りが高く踏ん張りのついた、古刀の特徴がよく表れていました。信房の作は土浦市立博物館にも所蔵されていましたね。彼自身は古備前、あるいは福岡一文字の刀工とする説があるようです。こちらの拵、金梨子地葵紋散糸巻太刀拵(国宝)も展示されていました。

 

〇太刀 銘 真光(国宝)

  天正10年(1582年)、織田信長公から拝領した太刀。こちらも金梨子地糸巻太刀拵(国宝)と併せての展示です。

  今回、個人的に好みな刀剣の一振りでした。真光(さねみつ)は長船派の刀工で、杢目肌に互の目が小さく乱れたように見えました。姿は豪壮で、いわゆるぶった切る系。ツイッターでも呟いたのですが、中鉢美術館に何度か通った結果、こういう刀身が好みになったようです。

  思えば今年の8月以来お邪魔していないや、年内にまた伺えたらなぁ。

 

〇太刀 銘 一 備前国□□住人左兵衛尉助次延慶三年三月日 金象嵌 銘 袖ノ雪

  庄内藩中老 菅実秀の愛刀で、明治28年(1895年)に酒井家に献上されたもの。助次は備前吉岡一文字で、鎌倉時代の延慶3年(1310年)に作刀されたそうです。表の腰元に梵字が刻まれていますが、ちょっと判読できませんでした...。由緒としては天正3年、武田兵庫頭信実(※)討死の際に三州名倉住奥平喜八郎信光が得た、と休め鞘に書かれているそうです。

  ※武田、もとい川窪兵庫介信実は武田信玄公の異母弟で、天正3年長篠の戦で亡くなっています。

 

〇刀 無銘 伝 為遠

  酒井家伝来の『腰物帳』(江戸時代後期)に記録のある刀ですが、昭和の頃に所有者を転々とした末に致道博物館に寄贈されたとのことです。大磨上の無銘刀で、目釘穴が6つもありました。為遠は鎌倉時代後期、備前国の刀工である菅原為遠と同一ではないかとされるが、現存する有銘の刀剣が少なくはっきりしないようです。

 

〇短刀 無銘 伝 左国弘

  平造りの短刀で、板目肌に小のたれに互の目交じりの刃文。銘をつぶした跡がありますが筑前国 左国弘(末左)と伝えられています。土浦市立博物館では同じく末左のもの伝わる刀 影法師や、左文字派の行弘の短刀が展示されていましたが、言われてみれば似た雰囲気はあるように思います。

 

〇青貝微塵霞文様塗腰刻鞘突兵拵(渡部光中作)

  こちらは拵のみの展示で、脇差 銘 丹後守藤原兼道のものになります。ベースは庄内拵ですが、洋式のサーベルのような取り回しを想定した突兵拵ということです。青貝微塵霞文様の文字通り、艶やかな拵の地に青~緑のキラキラがまき散らしてあってキレイのなんの...。また小柄(※)、栗型などにバラの花が蒔絵で施されて優美です。鍔には北斗七星と「浩然居 光中」の字が刻まれているそうです(うまく見えなかった)。

  あまりにキレイな拵だったので舐めるようにずっと観賞していました。だって人こっちまで来ないんだもん... 皆もっと拵見ようよー。

※11月9日追記:差し表だから、小柄ではなく笄(こうがい)ですね。間違えた...

 

〇短刀 銘 吉光(名物 信濃藤四郎)

  キャプション等詳細を省いてとりあえず感想だけ。はじめ照明の具合でよくわからなかったのですが、角度を変えていつものムーブを頑張った結果見えてきました。どうしてこんなにピカピカなんだろう。今まで見てきた他の藤四郎さん方を思い出しても、例えば前田さんは柔らかな光を含んだような地肌なら、信濃さんは澄んでいると言えばいいのだろうか。これは確かに名刀でした。

 

  とまぁ、こんな軽く目がくらんだ調子で残りの展示も観賞したのですが、こちらもなかなか興味深いものが揃っていました。

  「金梨子地桐葵紋散懸盤」は要は膳なのだけど、桐や葵の蒔絵が立体的、かなり薄めのエンボス加工のような風合いで優美だったり。

  伊達政宗公からの「茶の席に誘ってくれであんがどな。んだけっちょあんべわりぃんでいげねぇんだわ」(要約)といった書状があったり。

  狩野探幽の「白衣観音図」もあったけど、足崩してあんなにくつろいだ観音様って初めて見たかもしれない。

  「能面 頼政」を見た途端、あれぇじっちゃんだーと思わず口にしてしまいました。

  名刀たちに引けを取らない、いい展示が見れたなぁと思います。それとホントに老若男女問わず、多くの方々がじっくり味わうように観賞されてたのが印象に残りました。きっとこの、地元の博物館といった空気がいいんだろうなぁ。

 

 

  さてここで時刻はお昼過ぎ、帰りの高速バスは17時台なのでだいぶ時間が空いています。いえ、空けておきました、次の目的地のために...!

  市内のバスに揺られて30分程度、着いた先は

 

 

  鶴岡市沿岸部、鶴岡市立加茂水族館です。こちらはクラゲの展示種類が多くギネス記録に認定されています。

  加茂は江戸時代、北前船の寄港地として繁栄しましたが、大正時代に鶴岡駅の開業により外港は衰退。1930年に山形県水産試験場の隣接地に、地元有志の水族館組合によって設立された山形県水族館が端緒となったそうです。クラゲの展示が本格化したのは平成9年(1997年)頃からで、サンゴの水槽に偶然発生したクラゲを展示したのを皮切りに、平成12年(2000年)にはクラゲ展示種類数日本一になりました。平成22年(2010年)にはノーベル化学賞受賞者 下村侑氏が来館しています。現在の建物は2014年の新館、通称クラゲドリーム館として運用されています。まさにクラゲで掴んだドリームですな。

  ここではクラゲだけでなく、庄内湾に住まう水生生物や庄内藩の漁業に関する展示があります。庄内藩主は藩士に釣りを推奨したほか、藩士手作りの庄内竿が伝わっています。

 

 

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   ここに来た理由はただ癒しです。もうこんな顔しながら眺めて過ごしました。

 

 

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   んあー癒される...。

 

 

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   なんかこっち見てた。

 

 

  ゆったり観賞してたら結構時間経ってしまったので、急ぎ市街地へ戻ります。

 

 

 

  無量光院釈迦堂は、庄内藩の御用商人 風間家の旧住宅「丙申堂」の別邸として建てられました。数寄屋風建築で、主に来客の接待に使われたそうです。今の時期はカリンの実が生っていますが、見どころは春のツツジとのこと。

 

 

  こんな縁側で眺めたら最高なんだろうなぁ。

 

 

  やがて帰りのバスの時間となったので、今回の鶴岡探訪はここまで。次回はゆっくり訪ねたいもんです。その時にまた刀剣展示があると嬉しいけど、今回みたいに欲張ってドタバタになりそうですね。

 

 

 

  おまけ。

 

 

 

  刀剣を見に行ったのかクラゲに会いに行ったのか、といったラインナップ。